私をノイズピットに連れてって

815日、My Bloody Valentineの単独ライブを観に豊洲PITへ。一番の目的はその週末にあったSONICMANIAThundercatとの被りで悩まないため。

 

普段シューゲイザーやそれに影響された音楽を好んで聴いている割には、私の中でマイブラってそこまで大きな存在ってわけでもなくて。

 

まだいわゆるオルタナティブロックにも親しみが無かった頃にLovelessを初めて聴いた時は、一曲目Only Shallowの寄せては返す荒波のようなギターサウンドとその音色に不釣合いなほどポップで流麗な歌メロ、というそれまでに触れたことのないフォーマットが衝撃的だったものの、「音は凄いし純粋にいい曲もあるけどアルバムとしては長すぎて冗長」という第一印象が今日に至るまで拭いきれず、様々な人が言うような「人生を変えた名盤」という位置付けにはならなかったのです。

 


My Bloody Valentine - Only Shallow (Official Music Video)

 

個人的には同じオリジナル世代のシューゲイザーでも、よりメロディーが耽美的で深くモジュレーション系のエフェクターがかかったギターが心地いい眠気を誘ってくれるSlowdiveの方が好きだったりします。再結成後に出したアルバムも「まさにSlowdive!」ってガッツポーズしたくなる良作でしたしね。

 

とはいえソニマニでのタイムテーブル被り問題もあるし、聴きたい曲はたくさんあるし、何より伝説と呼ばれるバンドは生で観れるうちに観ておきたい、という気持ちが強くて今回の単独ライブ参加と相成りました。

 

 

「本公演は非常に音が大きいので必ず耳栓を使用してください」

マイブラ以外にも様々なバンドのTシャツに身を包んだ人々の行列を抜けてライブハウスに入る間、スタッフが何度も注意を促していた。その後開演前のアナウンスでも何度もその文言は繰り返されて、ああ今日は本当にマイブラが演奏する日なんだ、って実感が湧いてくる。

通常のライブではお目にかかれない光景。過去の来日公演でも耳栓の配布があったのは知っていたけれど、実際に目の当たりにすると気持ちが高ぶってくる。

 

ステージを見ると歴戦のメタルバンドも裸足で逃げ出すほど山と積まれたアンプ群、バックスクリーンには星が煌めく夜空の映像、その全てがLovelesカラーの赤紫色に染め上がっていた。

 

開演時間を少し超えてからメンバーフラリとステージに上がってくる。女性陣が90年代の写真で見た姿からまるで変わらないのに対して男性陣の老けっぷりよ。メンバーを呼ぶ大歓声、熱量が凄い。ジャズマスターを手にしたケヴィンが一言「Ready?」と挨拶して私の人生初のマイブラ体験は始まった。

 

 

ある対談の中でTHE NOVEMBERSの小林さんがマイブラのギターの音をこんな風に表現されていたことがあって。

シューゲイザーと呼ばれているバンドは、いわゆる空間系のエフェクターを使うじゃないですか。それって、言ってみれば、本来ない空間を再現するためのものだと思うんです。それに対して、マイブラはフル・レンジで鳴らしている――最初から空気のある、空間の存在しているところを鳴らしているので、僕らが通常頼っているようなエフェクターの使い方をしていないんじゃないかと感じたんです。僕はやっぱり、(あの轟音が)ギターのものとして聴こえたんですよ。いろんな倍音がキラキラしていたり、ぐーっとくぐもっていたり、ギターらしい中域のあたりが聴こえたり、いろんなものがフル・レンジで鳴っていて、全体として塩梅よくなっている。だから耳に痛くないし。」

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文章で読むと??となった覚えがあるのですが、実際に体感してみると言わんとしている事が分かりました。

うまく表現出来ないのですが、客席上空の空間全体がビリビリと振動している感じ、というか。

ステージ脇に設置されたスピーカーから音が放たれているというより、ライブハウス中の空気という空気が触媒となって私たちを震わせている、というか。

 

「震え」って言葉を使わずにはいられなかったのですが、本当にそうだったと思います。大きすぎる音がライブハウス内でぐわんぐわんと反響して、空間の全てを震えさせて、埋め尽くしている。ライブハウスで観れば差はあれど大体そんな感じになるだろう、って声もありそうですが、空間に対して音が占める密度が100%に限りなく近いというか。

 

 

当然ながらそんな空間に長くいれば私たちの感覚も半ば強引に適応していくわけで。時間の感覚がおかしくなってきたのを明確に自覚し始めたのはNew Youだったか、アウトロで何度も何度もビリンダとデビーのハミングが繰り返されて終わりが見えなくなった時。結局ドラムが唐突にシメていたけど、曲が終わって拍手が起こるまで一拍空いていたから他の人も私と同じように少し眠くなってたのかなと思う。

 

そんなことが他の曲でも何度かあった上に、バックスクリーンに流された目に痛いほど鮮やかな原色の映像との相乗効果でけっこう早い段階で頭の芯が痺れた感覚がしました。観客をトランスさせるという点で、あのVJは音と同じくらいかなり重要な役割を果たしていたと思います。

 

ちなみにあれだけ危機感を煽る注意をされたので一応耳栓も使ってみましたが、ホワイトノイズがより鮮明に聴こえるようになっただけで苦笑いしました。ドラムのビートとサーッというホワイトノイズとかすかな歌声しか聴こえなくなるのはちょっと面白い体験でした。

 

 

セットリストは全アルバムから満遍なく取り上げられていた。頭のギターフレーズだけで叫んでしまったWhen You SleepにThorn、この轟音と静寂のコントラストは後のポストロックバンドがかなり参考にしたんだろうなって今更ながらに思ったCigarette In Your Bed、土煙が立つ映像とビルを発破したような音像がピッタリ当てはまるNothing Much to Loose、スタタタって始まりだけで歓声が上がって音源以上の荒々しさを見せつけてくれたOnly Shallow。

個人的に白眉だったのが打ち込みのリズムに合わせてメンバー全員がギターを弾いたWonder 2。Aphex Twinsを連想するトランス感でした。

 


You Made Me Realise
の間奏をノイズピットと表現したのが誰かは知らないけど、実際に体験してみると【pit=動物などを入れておく『囲い』】という単語を命名者が使った理由が分かった気がしました。逃げ場のないノイズの暴力。音で全身を押さえつけられていると錯覚するほどの圧力。

あまりに音が歪みすぎたせいか、オクターバーで限界まで音を下げたせいか、ケヴィンがギターを押さえる手を少しハイポジションに移動させた(=普通なら音が高くなる)にも関わらず聴こえる音に全く変化がなくて笑いました。ドレミとか音程とか、もうこの人には関係ないんだろうな。

 

弦楽器の三人が相手の挙動を全く気にすることなく俯いたまま無心に楽器をかき鳴らしてノイズを放つ姿に美学を感じた。まさにShoegazerそのもの。

 

13分間ほど続いた120 dbのノイズ(ジェット機のエンジン程らしいです)はチラリとアイコンタクトを取っただけであっさりとメインリフに戻った。勝手にやってるように見えてコンビネーション良いところは良いなあと感心してたけど、「You Made Me Realise」と囁いてから再びリフを弾く前、ケヴィンがタイミングを読み違えて鳴らしちゃいけない音を毎回鳴らしていたのにずっこけた。緊張感あるのかないのか最後まで分からない。面白い。

あとノイズピットを経てから、それまで微かに聴こえる位だったボーカルが急にハッキリと聴こえるようになりました。音量の極点に触れれば逆に聴覚は鋭敏化するのかな、と思った。ラストは再びオクターバーで音を下げた極悪な低音リフを鳴らして終了。

 

 

 

すごい体験でした。何がすごいって、こんなに暴力的で一歩間違えれば不快になり得る音とトリップ感をすぐにでもまた体験したい、って思わせることが。

 

「一日遅れて耳鳴りがきた」「途中トイレ行ったら気持ち悪そうにうずくまってる人いた」みたいな感想をライブ後にいくつか見かけましたが、私はPA卓近くと音響的には一番整っているであろう場所で観ていたおかげか大したダメージを受けた感覚は無く。むしろライブ中は空気の揺れが心地よかったくらい。ただ無闇に音量を上げるのではなく、きちんとデザインしてあるからこそ条件さえ整えばあの爆音は心地よいモノに変貌を遂げるんだろうな、と。

 

 

余談。その週末にあったSONICMANIAで私は会場に行くまでマイブラThudercatどちらに行くか脳内で決着がつかず、結局ThudercatFlying Lotusまで蹴ってたった二日ぶりのマイブラを観ましたとさ。私をノイズピットに連れてって。

 

 

先にも引用しましたが、今回の記事はこちらの対談記事も参考にして書かせて頂きました。この対談、ライブにおける特異な音作りをメカニック面から考察してたり、「マイブラと他のシューゲイザーとの違い」を説明されていたりと非常に読み応えがあるので未読の方は是非。

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